2017/04/19

平和祈念碑(忠魂碑)


 相内神社に隣接する相内公園には、平和祈念碑があります。これは当初、忠魂碑として建立されたもので屯田区有財産、及び相内村有志の浄財によって、大正13年10月16日竣功、除幕式。合わせて招魂祭。以来、毎年9月15日に招魂祭を行っていました。
 場所は御社殿に向かって左手、南面して国道の方を向き、神社の参道をはさんで開拓記念碑とだいたい同一線上にあります。
 上部の「碑」の部分は十勝産花崗岩の自然石、下部の台石は同じく花崗岩の切石。最下部の礎石は留辺蘂産の軟石。側面(神社側)には建立に携わった人々の名前が刻まれています。

 碑石の高さは約2.3メートル、基礎の高さは約4.8メートル。基礎の外郭は一辺約7.7メートルの方形です。

 もとの題字「忠魂碑」は竣功当時の第七師団長・国司伍七中将が揮毫した書で、それが終戦後に改められました。写真にもある「平和祈念碑」の題字は、元屯田兵の河原鶴造・相内村第3代村長によるものです。

 同様に、かつては日露戦役の戦死者9名(元屯田兵7名、その他2名)と他1名の名前や勲等を、碑の左側に刻んでいたといいますが現在は何もありません。平和祈念碑と題字が改められた時期に、削られてしまったのかもしれません。

『相内村誌』(斎藤隆、平成21年)には上記計10名の名前などが載っていますので、引用してここに顕彰したいと思います。名前の右は亡くなった年月日、場所です。

陸軍歩兵一等卒・勲八等/服部清吉/明治37年12月5日/旅順
陸軍歩兵上等兵・勲八等/柳田末吉/明治38年3月8日/奉天付近
陸軍歩兵上等兵・勲八等功七級/渡邊市太郎/明治38年3月9日/奉天付近
陸軍歩兵一等卒・勲八等/山下増芳/明治38年3月9日/奉天付近
陸軍歩兵上等兵・勲八等/石井丑吉/明治38年3月10日/奉天付近
陸軍歩兵一等卒・勲八等/真野元次郎/明治38年3月10日/奉天付近
陸軍歩兵一等卒・勲八等/那須為三郎/明治38年3月10日/奉天付近
陸軍歩兵一等卒・勲八等/小田島藤太郎/明治38年6月16日/遼陽窩棚
陸軍歩兵一等卒・勲八等/林幸作/明治38年11月5日/戦傷後東京にて病死
海軍一等機関兵/中川乙松/明治45年7月15日

 なお、河原さんは「(忠魂碑への題字の)復原の日を待つのみ」と言い、「大東亜戦争の殉国者百余名の英霊を追祀する議あるも、いまだその氏名を刻記するに至らず。その実現の期の早からん事を望むのみ」とも言っています。

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